大賞・金賞・銀賞
選出にはかなりの時間を要しました。選考・運営事務局員総出で半月、それぞれが作品を推挙して議論を交わし、入念な読書を繰り返し以下の結末に至りました。参加者のみなさまは、ぜひこの三作だけでなく他の受賞作品もご一読いただくことをお勧めします。ここに残った作品たちには、必ず理由・強みがあります。それがなんであるかを解読し、ご自身の執筆に役立てること。また、単純に「面白い!」と感じていただけることを心から願っています。
次はきっとあなたの作品です。
なにかの企画でもいい。もしかするとプロへの登竜門である公募かもしれない。
あなたの作品が「受賞」し、栄誉を得られることを心から願っております。
受賞者のみなさま、このたびはまことにおめでとうございました!
本賞選考にあたっての総評
第三回いっくん大賞事務局代表 いっさん小牧
大賞
第3回いっくん大賞
ありふれていてけっこう。それは
まごうことなき、わたしの小説だ。
幼馴染みとの恋愛、父親と愛人の関係への憧れ、
誰もが羨む結婚、書き上がらない小説。
外から見れば全てありふれている、
普遍的でどこにでもありそうな話。
講評
夏子さん、この度は「いっくん大賞」の栄えある「大賞」の受賞おめでとうございます。
アマチュアのコンテストではありますが、240作の頂点に立たれたことは素晴らしいことだと思います。
感想を投下させていただいた縁もあって、私飛鳥休暇が夏子さんの応募作である「ありふれていて、けっこう」のレビューをさせて頂きます。
優れた小説の定義とはなんでしょうか?
こちらは、なかなか一言では言い表せないものかと思います。
私個人の見解を述べさせて頂くのであれば「人の心を動かす作品」といったところでしょうか。
動かしかたは様々あります。「楽しい」「悲しい」「腹立たしい」「もやもやする」、そういった感情を読み手に与えるもの。それが優れた作品にはあるように思います。
また、もう一つの要素として「こころの形を言い表す」といったものがあります。
私が小説という媒体が好きな理由としてはこれが一番かもしれません。
漠然とした不安、胸の痛み、鼓動が高まる様、これはいったい何なのだろう。
こういった言いようのない心の形が、小説を通して「あ、あの時の感情はこういうことだったのか」と気付かされる瞬間。これがたまらなく気持ちが良いのです。
さて、それでは夏子さんの「ありふれていて、けっこう」という作品はどうなのか。
この作品を読んでいる間、私はずっと心臓を直接指で撫でられているような、ある種の不快感を感じていました。
こんなことを言うと気持ちの悪い作品なのかと思われてしまうかもしてませんが、決してそんなことはありません。
この作品で描かれているのは、タイトルの通り「ありふれた日常」です。
それでも心臓に触れられてしまうのは、どこか自分の中にある「ありのままの自分」や「人間くささ」といったものを作品を通して突き付けられたような気持ちになったからだと思います。
世の中には「ありふれたもの」がたくさんあります。
親との別れ、陰鬱とした学校生活、恋人とのわだかまり。
世界からすればありふれたものが、しかし、当の本人からするととても重要なものになりえます。
逆に、本人からするとありふれたものでも、他者から見ると歪なものに映ることもあるでしょう。
そういった「ありふれたもの」を見逃さず、とても面白い作品として昇華させた作者様の手腕には称賛を送りたいと思います。
また、これも私の趣味になりますが、良い作品には「気付き」があると思っております。
それは例えば道端に咲いていた小さな花、ふと見上げた空の青、路地裏の美味しい喫茶店。
そういった、普段は見過ごしていたものに気付かせてくれる作品こそが私が大好きな作品なのです。
そして、夏子さんの「ありふれていて、けっこう」という作品はドンピシャに私の心を刺してきました。
作中で登場人物が恋愛を例えて「恋は落ちるものではなく、拾うものだと思う」と言います。
どうでしょう? とても素敵な言い回しだと思いませんか?
さらに続けて「金平糖とか飴玉みたいに、きっといろんな色やかたちがあって、そのひと自身がぽろぽろと落としているのだ。」と彼女は言います。
共感出来る人もいれば、共感出来ない人もいるでしょう。
ですが、こういった「あ、恋とは拾うものと表現できるのか」と思わせてくれる文章。
これこそが「気付き」であり「心を動かされる」ものではないでしょうか。
長々と語ってしまいましたが、結論としては、ぜひ多くの人に読んで欲しい作品であるという一言に尽きます。
また、いっくん大賞として、この作品を選出できたことを運営の一人としても誇りに思います。
日陰に隠れた美しい花をよくぞ応募して下さいました。
できれば、さらに陽が当たることを願ってやみません。
夏子さん、ほんとうにおめでとうございます。
(審査員:飛鳥休暇)
ひとことコメント(選考・運営事務局員より)
エクセレント! 面白い(審査員:浅田千恋)/ 「人間味がある」というのはこの作品のためにあるような言葉だと思う(審査員:柿原凜)/ 登場人物を三次元で脳内再生した。自分の中で唸るような表現がいくつもあり、す、ば、ら、し、か、っ、た(審査員:野良ガエル)
金賞
第3回いっくん大賞
沈んでいく街でわたくしは
手紙を書き続ける
拝啓 親愛なる先生
カミサマからのお告げで、街が水没することになりました。
丘の上にあるこの家で、
わたくしは最後の日まで貴方に手紙を書くことにしました。
講評
魔女である香澄の街は、あと一ヶ月で水の底に沈もうとしていた。香澄はその一ヶ月、『先生』に手紙を書こうと決める。一日一通、綴られていく手紙。そのうちに香澄の元を訪れる人々。香澄の街はなぜ水底に沈もうとしているのか。先生とは誰か。また、香澄は残りの一ヶ月でどのような役割を担い、どのような振る舞いをするのか。本作における『水底の手紙』とは、なにか――。
非常にシンプルな作品でした。読み始めから読み終わりまで、読者はほとんど時間を要することはないでしょう。しかしそのシンプルさの中には、物語として置くべき基本が全て整っていたという印象です。本賞には長編・短編が混合で応募されました。そして審査を行う上では、「長編が優位な項目」と「短編が優位な項目」の両方が含まれていました。その中、本作は短編~中編といった分量でありながら、長編に利のある項目を全てかっさらっていったという感じです。それはすなわち、あなたはこの物語――短編~中編の物語――を読みながら、長編を読んだのと同じ満足感を味わえるものだと言い換えることができるでしょう。
まず、「世界の終わり」・「カミサマ」・「先生」という連続して提供された謎。これらの謎は独立したバラバラ感のあるものではなく、一つのまとまった謎として頭の中に入ってきます。ここが強烈でした。読もうとする人の心を一気に鷲掴みです。また、一度世界に入ってきた読者を離すことがなかったのは、「文章の読みやすさ」と「キャラクターの出す順序のセンス」によるものだと感じています。文章はただ美しいだけではありません。筆者は、どの言葉を選べば読者の心に響くかということがよくわかっている。言葉選びが本当にいい。なんというか、文章全体に「水」が感じられるのです。青く、静かな水。それはたとえば、手紙形式の丁寧語であったり、緩急のついた感情であったり。時に強く、時にしなやかに、わたしたちの心を満たしてやみません。それはまさに、「読みやすさを追究した言葉選び」と言い換えることができるでしょう。
文章・シナリオ・キャラクター。それぞれの要素は完璧な出来なのですが、わたしが本作を金賞に選んだのは物語としてのレベルが高かったからだけではありません。わたしは本作を読んで、テーマを探しました。そのテーマはぼやけているけれど、確実に水の中に隠れているものだと感じたからです。わたしは当初、エピローグにおける「ある人」の思考が答えではないかと思いました。しかしそれよりも強いものを、エピローグの数話前に見つけたのです。なぜなら、香澄がもっとも強く心を動かした瞬間だったからです。
わたしはそのテーマを勝手に、「残される者に、残すもの」と名付けました。
わたしたちは生きている。生きているけれど、いつかはこの世界から消えてしまう。本日みなさんと話したことも、この選評を書いたことも、この選評を読んだことも。全てが風の中に消えていくのです。
ではわたしたちの「生」は無意味なのか。
わたしたちの「生」が終わった後、わたしたちはもう見えない光に手を振るだけでいいのか。
その答えは、香澄が自らの行動をもって用意してくれました。わたしたちは「残そう」と努める。自分のいなくなった世界に対して、いつか消えてしまうものを精いっぱい残そうと努める。その態度は、うまく言えないけれど自然なもの、そして美しいものではないか。筆者はあるエピソードで「決意」という言葉を用いていますが、そういった意味も含めて本作を書き上げられたのでないかと感じました。
人と人。そこに息づく心。それらを緩やかで静かな文章に乗せ、「美しいもの」を探そうと努められた本作に対し、わたしは第三回いっくん大賞の金賞を授賞します。
(審査員:いっさん小牧)
ひとことコメント(選考・運営事務局員より)
本作のページを開いた瞬間に度肝抜かれた。手紙で物語を綴る作風、水没する街が舞台。出会ったことがない物語。実にお洒落で斬新な世界観だ(いでっち51号)/ 先生への手紙、沈み行く街。優しいけれど残酷な世界観が好きだ(野崎昭彦)/ 手紙という形式は、Webにおける短い一話一話の区切りとして非常に素晴らしいと感動した。構成も、締め方も、タイトルも、全てが美しい(野良ガエル)
銀賞
第3回いっくん大賞
壊れた言葉を修復するための国家資格と、『愛』という言葉についての 物語。
人間はこの世に生を受けたとき『ディクショナリウム』というアイテムを与えられる。その不具合を修復するのが言語修復士という国家資格だ。
言祝ぎ言語修復事務所の所員は陽気なイノルと無口のホクト、所長の言祝ぎ姫。そこへ17歳の少女・マーナがインターン生として受け入れてもらったところから物語は始まる——
講評
魔言語修復士になるため、言祝言語修復事務所にインターンに行くことになった主人公。愛を知らない強気な主人公は先輩修復士たちの活躍を横目に、失敗を乗り越え、依頼人を最優先しながら、一人前になれるように成長していく物語。可愛らしくおしゃれな雰囲気のある作風で、面白いってこういうことなんだなと思わせてくるような本作。
また、本作は読者にとっても良作であるが、同時にアマチュア小説家に対しても非常に良い勉強材料となる。冒頭の主人公の外見の説明の仕方を例に出すと、一人称で進んでいく物語の中で主人公の容姿を主人公自らが説明してしまうと、なんだか野暮ったい。でも、本作のように鏡越しに自分の姿をチェックする描写ならば、それが不自然にならない。この例のように、「説明しなければならないけど、直接説明したら野暮ったい部分」をうまいこと作品の雰囲気に合わせてさり気なく読者に伝えているため、本当の意味で読みやすい。伏線の張り方や主人公への感情移入のしやすさ、冒頭と物語の終わりをリンクさせて心地よい読後感を生んでいるところなど、本作から学べることは数多い。創作初心者から中級者まで参考にすることができるだろう。
本作に出てくるディクショナリウムとは、「人間の言葉を守る為の外部装置」で、この世に生を受けたときひとつだけ授けられて、共に成長していくものである。その人が人生の中で得た言葉を蓄積して、人生を豊かにしてくれるというもの。その外部装置を修復するのが言語修復士。言語を修復するというと「?」が浮かぶが、本作の中では言葉が立体的に現れて、修復のための工房の中で暴れたりするのを追いかけたりしながら、ひとつひとつの言葉が依頼主にとってどういう意味を持つのかを考えていく。そこから依頼主の人生を探り、本当に必要な答えを導いていくのだ。まさにこの工程は言葉を用いて読者の心に何かを残すアマチュア小説家のやり方とどこかリンクしており、読者が本当に欲しがっている情動を如何に面白く言葉を並べていくのかという創作論とつながっていくように思える。作中にもある通り、同じ言葉でも違う意味に捉えることができることがある。そうした言葉の微妙な内側の変化を敏感に感じられる方には、特に本作をオススメする。
単純にエンターテインメントとしても面白い上に、考えさせられる部分もあって、本作のレベルの高さを感じ続けた。自分の担当した中では最も高得点の本作。
アマチュア小説家の皆さんは、本作を読めば、自分の作品をもっともっとレベルアップしたいと思ってしまうことでしょう。
物語を紡いだことがない方は、本作を読めば、何か言葉を紡いで誰かに何かを伝えたくなることでしょう。
そんな「言葉」の大切さに気づかせてくれる本作は、第三回いっくん大賞銀賞にふさわしい作品です。
(審査員:柿原凜)
ひとことコメント(選考・運営事務局員より)
ファンタスティック。文句なし、あなたが一番(浅田千恋)/ 現代もののようでいて、かなり特異な世界観。それを説明ではなく、物語で理解させている。キャラも素敵だ(野良ガエル)/ こんな職業が本当あるなら、自分も是非働いてみたい。素直にそう思った。主人公と周囲のキャラクターに魅力を感じる(まと)
佳作
佳作については、選考・運営事務局の評価者の複数名が、大賞・金賞・銀賞への推薦を行った作品となり、誰か少なくとも二名以上の心に深く刺さった作品となります。惜しくも受賞には至りませんでしたが、『心に強く響き、届いた作品だった』ということを申し上げておきます。
本賞選考にあたっての総評
「第3回いっくん大賞」最終選考結果(28作品/37作品中)
死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! ~死亡フラグを折るたびに溺愛されてます~ | あさぎかな |
水底の手紙 | 紫乃 |
今宵、あの藤の下にて君を待つ。 | 月音 |
ポーションの薬効を解析したら世界が激変したのですが。 | 小欅サムエ |
旋風のルスト 逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記 | 美風慶伍 |
言祝ぎ言語修復事務所インターン記録 | 偲凪生 |
薔薇と金木犀 | 長尾 |
透明な僕とお前 | saw |
杖を作って、と彼女は言った | 白猫亭なぽり |
プレアデスの鎖を解け | 湊波 |
奏界のエデン | 雪菜 |
ダンジョンだからって戦わなきゃいけない決まりはないと思う | テケリ・リ |
ハニーローズ ~母の夢から始まる未来~ | 悠月星花 |
ガラスの靴の行方 ~ひみつの城と眠る王子様~ | 代々木代々一 |
旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界 | くれは |
ありふれていてけっこう | 夏子 |
薬屋の見習いは平穏 | 内野眠子 |
交換殺人って難しい | 流々 |
シーサイド・スーサイド | 青木慶 |
三途の川のホトリ食堂 | 葛生雪人 |
かっぱの彼方さん | たかぱしかげる |
せっかく死んだのに異世界転生選抜トーナメントがあるなんて聞いてないんですけど? ~チートだらけのバトルを最弱スキル【空気が読める】で生き延びる~ | 放睨風我 |
かすみ燃ゆ | 坂水 |
魔狩りの夜 | 宮浦玖 |
ゲーミングハウスへようこそ! | 志馬なにがし |
黒い雪のポストアポカリプス ~賢者の末裔の彼女は迫害される一族の青年と共に再び世界樹の加護を復活させ春を取り戻そうと奮闘するも、王国の身勝手な保身で滅亡を避けられそうにない~ | 天塚海人 |
天空の標 | 蜜柑桜 |
三界の書 ―銀閃の聖騎士と緋剣使いの少年― | 阿季 |
「第3回いっくん大賞」五次選考結果(37作品/65作品中)
空の果て、君の影を追いかけて揺蕩う光を掴まえる | 森嶋あまみ |
死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! ~死亡フラグを折るたびに溺愛されてます~ | あさぎかな |
水底の手紙 | 紫乃 |
今宵、あの藤の下にて君を待つ。 | 月音 |
ポーションの薬効を解析したら世界が激変したのですが。 | 小欅サムエ |
帝國立術師学校/十年前の約束「ぼくはきみを絶対いつまでも護る」 | 灰色洋鳥 |
旋風のルスト 逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記 | 美風慶伍 |
言祝ぎ言語修復事務所インターン記録 | 偲凪生 |
薔薇と金木犀 | 長尾 |
透明な僕とお前 | saw |
杖を作って、と彼女は言った | 白猫亭な ぽり |
プレアデスの鎖を解け | 湊波 |
奏界のエデン | 雪菜 |
ダンジョンだからって戦わなきゃいけない決まりはないと思う | テケリ・リ |
ハニーローズ ~母の夢から始まる未来~ | 悠月星花 |
ガラスの靴の行方 ~ひみつの城と眠る王子様~ | 代々木代々一 |
旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界 | くれは |
田中天狼のシリアスな日常 | 朽縄咲良 |
ありふれていてけっこう | 夏子 |
薬屋の見習いは平穏 | 内野眠子 |
交換殺人って難しい | 流々 |
わくらばエラーブル ~居留地横濱滞在記~ | 古出新 |
シーサイド・スーサイド | 青木慶 |
白の反逆 LIFE DRIVE | ニソシイハ |
三途の川のホトリ食堂 | 葛生雪人 |
カルテット・シンドローム ~俺と親友が英雄の生まれ変わりな件~ | 緋桜流 |
かっぱの彼方さん | たかぱしかげる |
頭花 | 亜済公 |
せっかく死んだのに異世界転生選抜トーナメントがあるなんて聞いてないんですけど? ~チートだらけのバトルを最弱スキ ル【空気が読める】で生き延びる~ | 放睨風我 |
Licht | 雪白楽 |
かすみ燃ゆ | 坂水 |
魔狩りの夜 | 宮浦玖 |
ゲーミングハウスへようこそ! | 志馬なにがし |
黒い雪のポストアポカリプス ~賢者の末裔の彼女は迫害される一族の青年と共に再び世界樹の加護を復活させ春を取り戻そうと奮闘するも、王国の身勝手な保身で滅亡を避けられそうにない~ | 天塚海人 |
天空の標 | 蜜柑桜 |
大罪人が語る夢 | ぬらくらげ |
三界の書 ―銀閃の聖騎士と緋剣使いの少年― | 阿季 |
「第3回いっくん大賞」四次選考結果(65作品/93作品中)
空の果て、君の影を追いかけて揺蕩う光を掴まえる | 森嶋あまみ |
利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~ | 橋本洋一 |
珈琲としろっぷ。 | Ai_ne |
そして彼女は | のんこ |
麦穂の乙女と三人の竜 ― Dragon kingdom ― | 入鹿なつ |