

文章力部門
全体的にソツなく隙のない印象を受けました。「この作品が本屋さんに並んでいてもおかしくない」というのは、数作品に対してだけでなくかなりの作品に対して感じました。みなさまは日々読書をされ執筆をされているわけですから、日々の努力の成果が出ているという印象でした。さらに文章を良くするためにはぜひ、あなただけの「武器」をつくってください。どういう部分で自分が評価されているかを知り、そこに意識を置きながら執筆をされるとよいと思います。読者を楽しませるための工夫を常に意識することが肝要です。
本賞選考にあたっての総評
ラブコメかと思ったらネットワークビジネスでした
著者:六畳のえる
講評
タイトルを見てお気付きの方も多いと思うけど、これはラブコメかと思ったらネットワークビジネスだったというお話です。えっ? そのままじゃないかって? だってしょうがないじゃないか、そのままなんだもの。そう、まさにタイトルバレだね。
というわけで、ストーリーのほうはだいたいわかってもらえたかな、と思うんだけど、この小説の真骨頂は地の文から台詞まで一貫して面白いこと。それは流れる水の如く……え? コメディだから面白いのは当たり前じゃないかって? はい、馬鹿言っちゃいけません。面白い話を書こうと思って面白い話が書けたら、この世はもっと面白い話で溢れてるはずなんだ! 右をみても左をみても小説家ばかり、なんてね。面白いコメディを書くのは予想以上に難しいのですよ。
で、そうそう、この小説の最大の特徴はまさにその面白いというところ。コメディとしての面白さだね。それがちゃんとある。
じゃあ、その面白さはどうすれば手に入れられるかというと、一つには文章の持つ『間』だと思う。
これは小説に限らず、笑いには間が大事だというのはTVのお笑い番組なんかを観ててもわかるだろう。速すぎても遅すぎてもいけない、絶妙の間が笑いを生み出す。文章で笑いの間を表現するのはとても難しいが、この作品は見事にそれをやってのけている。脱帽だね。
そしてもう一つ、文章自体の精度を上げるということ。文章力といってもいいかもしれないが、高い文章力がないと笑いは生まれないというのを、僕はこの小説を読んで強く感じたね。
例えば笑いを誘うシーンで、違和感のある文章はいけない。肝心の面白さが伝わってこず、違和感ばかりが気になってしまう。
一方で、特徴のない平坦な文章でもいけない。そこに間が生まれないからだ。引っ掛かりがなくスラスラ読めるのに、美しい文章が場の強弱をしっかり作り上げている。その土壌があって初めて笑いが生まれるのだ。ね、コメディって難しいでしょう?
それができているから面白い。ちょっとした隙間時間に読んでもいいし、じっくり集中しての一気読みもよし。みんなも是非、この小説を読んで作者の笑いのセンスに触れてみてください。
(審査員:浅田千恋)
奏界のエデン
著者:雪菜
講評
まずは雪菜さん、「奏界のエデン」にて文章力部門の入賞おめでとうございます。
感想を投下させて頂いた縁もありまして、私飛鳥休暇が僭越ながら作品レビューをさせて頂きます。
この作品は「聖歌」と呼ばれる歌を力にして運命に立ち向かっていく者たちの物語です。
音というものは目には見えません。むしろ、目を閉じてこそより心に届くものかと思います。
ですが、この作品では一貫してその「音」が、「歌」が流れてきます。
文字という媒体を通して、どのように音を響かせることが出来るのか。この作品が文章力部門に入賞したのは、その「歌」が審査員に届いたからではないでしょうか。
音楽や歌をテーマにした小説は多々あります。有名なところで言えば「蜂蜜と遠雷」でしょうか。マンガで言えば「のだめカンタービレ」や「ピアノの森」、「BECK」なども好きでした。「音」を、それが聞こえない媒体で表現するというのはクリエイターのひとつの憧れかもしれません。
そこに「ない」ものを「ある」ものとして感じさせる。それが出来たとき、きっと創作者としては震えるほどの喜びを感じることが出来ることでしょう。
しかし、それがいかに難しいことかも私たちは理解しています。だからこそ「歌」をテーマにした「ファンタジー」作品であるこの物語は、「ない」ものを「ある」と読者に錯覚させられるほどの「文章力」で書かれたといって良いでしょう。
もちろん、それだけではなくキャラクターの心情描写、情景描写、ストーリーテーリングなど、審査員に総合的に高く文章力を評価されたことかと思います。優れた文章とはなにか、という問いかけには百人百様の答えがあることでしょう。しかし、この作品は間違いなく優れている。そう言わせて頂けるだけの作品でした。
改めまして、文章力部門での入賞おめでとうございます。これからも「ない」ものを「ある」と感じさせてくれるような作品を生み出して頂ければと思います。
(審査員:飛鳥休暇)
藍の海と星屑の雨
著者:椿木るり
講評
椿木るり様、この度は文章力部門受賞おめでとうございます。
椿木さまの作品が選ばれたと知ったとき、「あ、やっぱりそうか!」と思いました。それくらい椿木さまが書く文章は私の胸を抉り、心に突き刺さったからです。僭越ながら作品のレビューを書かせていただきます。
休学中の美大生である宇津木詩音、不倫相手の内田恭子、居酒屋で働く浅村佳澄、妹の詩乃。詩音が一冊の画集を売るところから、話は始まります。画集は、彼が幼少期から大切にしていたものです。なのにどうして手放すことになったのか? その理由が書かれた物語です。
とても濃密な人間ドラマです。
この物語にはハッとする表現がたくさん詰まっています。登場人物がいる場所がスッとイメージ出来るし、彼らが見ている光景が目に見えます。脳内で自然と再現ドラマが生まれるくらい描写が細かく、そして丁寧です。だけどそれだけしっかり書かれているのに、全然くどくない。流れるようにスラスラと読んでいけます。スラスラと読めるのに、確実に深い印象を残していきます。この技術、めちゃくちゃ羨ましいです。
椿木さまは風景描写だけでなく、心理描写も素晴らしいです。
登場人物たちが抱える辛い過去、心の苦しみ、葛藤、人間関係、やるせなさ、生きづらさ、命――――それらがダイレクトに伝わってきて、読んでいるこちらまで息苦しくなるほどでした。序盤から感情移入して、途中からは彼らの幸せを願わずにはいられませんでした。彼らが進む未来がどうなるのか気になって、次のページへ進むのをやめられなくなりました。ドキドキしながら、最後まで一気読みしたことを覚えています。
とにかく引力の塊です。こんなに強く引き込まれる文章はなかなか書けないと思います。
私は椿木さまの作品に出会えて良かったです。さらにレビューまで書かせてもらって光栄です。椿木さまの他の作品も読みたい、その高い文章力で書かれた世界にもっと触れてみたい。心からそう思っています。
改めまして、本当におめでとうございます。素敵な物語をありがとうございます。
これからも応援しています。
(審査員:まと)
頭花
著者:亜済公
講評
昔から私は、コンクリートと鉄筋で幾何学的に組み上げられた都会の真ん中、色のないモノトーンの風景の中で、ビビッドで極彩色の花が咲き乱れている光景を目にするのが苦手でした。この一篇の物語を読んで、以前から感じていたこの違和感の理由が、ほんの少しだけ分かったような気がしたのです。
そう。
筆者がここに記すとおり、陽光はあまりにすべてを照らしすぎると思うです。
本作「頭花」の舞台となるのは、閉鎖されたどこかの街です。じりじりと容赦なく照らしつける夏の太陽。中心にほど近い都市部なのにも関わらず、やけに静まり返った無人の街並み。そして――そんな「終わりの風景」を鮮やかに彩り、ただ吹く風になびきそよいでいるのは、無数の巨大な花・花・花。
本作は、1万字あまりの短編ホラーです。……いえ、ひとくちに「ホラー」とだけ表現してしまうのは、あまりに不似合いで不釣り合いなのでしょう。閉鎖的で息苦しくて、おどろおどろしくて不気味で。それでいて不思議と妖しく、ある種の美しさまで感じさせてしまう。私の独断で言わせていただけるのなら、本作は「詩」であると、それも「散文詩」であるとここに申し上げるのです。
世界観としては終末思想。蔓延する奇病と止められないパンデミック。破壊と再生。惹き付けられる不気味さ、匂い立つエロティックな死、そんな印象すら覚える巧みな言葉選びと確かな文章表現が、この「終わりの風景」を非情なまでに生き生きと美しく描き上げています。だからなのでしょう。「世界の終焉」という限りなく色のないモノトーンの世界において、筆者の多彩で美しく華やかな文章表現力はあまりにビビッドすぎて、極彩色でありすぎるように私には思えてしまったのでしょう。また、擬音の活かし方が絶妙でした。これしかないし、これ以上でも以下でもないと思うのです。ざらりざらりとした後味の悪さと苦々しい感触。悪意のない悪意。
ああ、ショッキングで強烈な言葉の羅列になってしまっておりますけれど、これらすべてが本作を賞賛するために必要な単語・言葉なのです。よくぞここまで書いた! 今はただ、そんな気持ちでいっぱいなのです。
最後に、再び筆者の言葉を一部引用させていただきましょう。
考えず、読んでみてください。そして感じてください。
そう、それこそが、あなたに出来る唯一の抵抗に他ならないのですから。
(審査員:虚仮橋陣屋)
「文章力」部門 最終選考結果(56作品/93作品中)
鶯の谷渡り |