シナリオ構築部門
シナリオにつきましては、改善の余地ありと思われる作品をいくつか目にしました。「第二回いっくん大賞」の開催時にもコメントさせていただいたのですが、主人公が事件を起こして話を展開させていくのではなく、事件が起きることによって主人公が引っ張られるという流れが幾分見受けられました。主人公がいて、その主人公が行動を起こすからこそ物語が生まれます。主人公には目的をもたせ、それを早い段階で提示して主人公に行動させることが肝要です。世界の設定についての説明は、行動や事件とともにあればいい。今回受賞した作品は、この基本的な事項を完璧に押さえていたという印象です。
本賞選考にあたっての総評
或狩人の物語
著者:織部文里
講評
華やかな物語もあれば、後味のすっきりしない物語もある。
物語の主人公が必ずしも幸せになるとは限らない。されど、その生き様は人々に眩しく映り、彼、彼女が掲げた信念の輝きは時を経て人々に英雄と言い伝えられる。
本作を読み終えて最初に思ったのは、そのような感想でした。
古代中国に実際あったかのような世界観に、ここまで綺麗にぴたりと嵌る物語は今まで読んだことがありません。それでいて、万人が同じ感想を持つか? と聞かれたら迷いなく私は否と答えるでしょう。
物語に持つイメージ、読み終えて抱く感想は人それぞれでいいと私は思います。
私は正直、狩人が取った行動は余り納得はしていません。
何故なら多くを語られていないからです。
圧政を強いる悪王をたった一人で討ち倒す。
確かに圧政に苦しんでいた民から見ればそれは紛れも無い英雄行為です。
けれど、本当にその行為を一人で成し遂げる必要があったのか? 何故、狩人は仲間を募らず一人で挑んだのか?
——気になりますよね?
本当に良い物語は、こうして読み終えた後でも想像する余地が残されているものだと、私は思います。
(審査員:大宮葉月)
薔薇と金木犀
著者:長尾
講評
大正八年の秋、征一は雨に煙る街で女学生の壱加に出会った。
征一の処女作『パラノイア』のフアンである壱加は征一に惹かれていくが、その一方では学校の後輩である梓と秘密の関係を結んでもいる。この、エスという関係を壱加は恋愛ごっこと自嘲しつつ、自らの将来についても考えを巡らせている。
彼女は作家になることを夢見ているが、女は結婚して家庭に入ることが幸せとされた時代のこと、ましてお嬢様である壱加には自分の夢を追うという選択肢などあるはずがなく、父親によってすでに縁談が進められている。
征一は古書店を営む友人、朔之助のもとに居候しながら小説を書く三文文士である。処女作で出生作でもある『パラノイア』こそ当たったものの、それ以降は鳴かず飛ばずで朔之助の店を手伝いながらなんとなく一緒に暮らしている。
それぞれに閉塞感を感じている二人は秋雨の町で出会ってしまい、そして、予想だにしない結末を迎えることになる。
名家のご令嬢と三文文士という組み合わせの恋物語は決して目新しいものではないかもしれない。しかし、二人の間を遮るものが身分の差だけではないというのが新しいと感じた。実は、征一は幼少期の体験がもとで女性不信に陥っており、女性にたいして恋愛感情を抱けなくなっていた。
一方で壱加は親の決めた縁談がまとまり次第、女学校をやめて嫁ぐことになっている。
そうしたわけで、二人の距離がどれだけ近づこうとも、尋常な手段で結ばれることはないだろうことは容易に想像がつくが、それでも読まされてしまうのは揺れ動く心情を巧みに描写しているからであろう。
わずかな用語、描写で大正という時代を写しているのもよい。特に、車ににんべんをつけることで「くるま」と読ませつつ人力車であることを表現するというのは、漢字の構造を利用したうまいやり方だと思う。
また、シスターの頭文字をとってエス、という隠語が、いかにも女学生の考えそうなスマートさで良い。こんにち、女性同士の恋愛やそれに準ずる描写は百合と表現されるが、単にアルファベット一文字という情報量の少なさに、百合とはまた別の妖しさを感じさせてくれる。
思うに、作者は本当に大正という時代が好きで、当時の文化や風俗をきちんと調べているのだろう。短くまとめた話の中に、征一や壱加の存在をしっかりと感じ取ることができている。十一話で完結しており、また一話あたりの字数もそう多くないので、気軽に読みやすいのも良いだろう。
少し手が空いた、そんな時間にでも読んでみてはどうだろうか。
(審査員:野崎昭彦)
今宵、あの藤の下にて君を待つ。
著者:月音
講評
月音さま、この度はいっくん大賞シナリオ構築部門受賞おめでとうございます。
僭越ながらレビューを書かせていただきます。
美しく、切ない和風恋愛短編。
タイトルにも含まれる〝藤〟の描写がものすごく美しいです。藤の色や匂い、風に揺れる音がダイレクトに伝わってきて、頭がクラクラします(私はこの話を読んで藤が好きになりました)
唐棣(はねず)家の庭に植えられた、季節を問わず年中花を咲かせる美しい藤。その藤の木の下に現れる不思議な鬼。ヒロインの〝薄紅(うすべに)〟が失った記憶。その謎が解き明かされていくまでの流れがすごく面白いです。
鬼と薄紅は一体どんな関係なのか? 薄紅に持ち上がった青磁(せいじ)との縁談はどうなるのか? 唐棣家当主の蘇芳(すおう)はどうして藤に怯えるのか? 侍女の常盤(ときわ)は何を知っているのか? 時折よみがえりそうになる薄紅の記憶に出てくる、見知らぬ男の声と藤の簪は何なのかーー?
ただでさえ気になる要素がたくさんあるのに途中で事件も起きるので、ますます目が離せなくなりました。短い話なのに、複数のエピソードとキャラクターを活かせているのがすごいです。どのキャラクターも印象に残るし、展開に飽きがありません。月音さまのシナリオを組み立てる力と、高い文章力の成せる技だと思います。
ラストで全ての真実が分かったときは胸が苦しかったです。鬼の正体と薄紅の記憶が結びついたときは、悲しかったけど感動しました。これは何度でも読みたくなる話です。きっと1度目より2度目、2度目よりも3度目の方が心に響くと思います。とにかく読後の余韻が半端ないんです。自信を持っておすすめする作品です。
改めて、受賞おめでとうございます。この話を書いてくれてありがとうございます。
これからも月音さまの作品を楽しみにしています。
(審査員:まと)
シーサイド・スーサイド
著者: 青木慶
講評
探偵小説など、手に取るのは何年ぶりのことだろう。まして、「読者への挑戦状」を備えた本格的な探偵小説など、ほとんど初めての経験だ。
物語は基本的に主人公である紀野屋島の視点から描かれるが、彼女は読者と視点を同じくするキャラクター、いわゆるワトスン役であり、ホームズ役は屋島の後輩である藤塚荘司に託されることになる。屋島にとって荘司は弟のような幼なじみであるが、それゆえに互いに愛称で呼び合う気さくな間柄だ。しかし、警察の嫌疑が屋島に向かった時、屋島が一番に頼ったのは彼だった。そのくらい信頼を寄せている相手でもある。
さて、事件は屋島と荘司が新聞部の取材で訪れた、ヨット部の練習中に起こった。部のOBで、外部指導員のような立場でもある荒木が突然体調不良を訴えて病院に搬送されたのだ。荒木は病院で死亡が確認された。その体内から毒物が検出されたことで、屋島たちは警察の事情聴取を受けることになる。
今作での謎は、「誰が、いつ、どのようにして」被害者に毒を盛ったか、という三点である。
それを探るために、荘司はヨット部の部員を集めてディスカッションをさせる。その過程で次第に明らかになっていく、ヨット部の内情……このあたりはまるでマーダーミステリーか人狼ゲームのようで、誰が犯人だったとしても少しもおかしくない、複雑怪奇な人間関係が描かれている。
ホームズ役である荘司が頭の中でどんな推理を展開しているのか、ワトスン役である屋島も、そして読者にもわからないが、荘司は持ち前の推理力を発揮して人間関係を把握し、あっという間に犯人にたどり着いてしまう。さて、それは誰で、どうやって毒を盛ったのか……というところで、解決編へ進む前に、作者から読者へ向けて全ての証拠が出揃った旨の宣言がなされる。このワンクッションを置くことで、読者は自分なりに事件の真相を推理することができるようになる。『解決編への招待状』と題されているが、これはやはり伝統的な『読者への挑戦状』ではないのだろうか……そう思いながら、次へとページをめくることになる。
そして、解決編でも堂々と自身の推理を披露し、見事に毒を盛った犯人を指摘する荘司だが、実のところ、彼が事件に首を突っ込んだのは他の誰でもない、屋島に頼まれたからである。荘司自身は後に明らかになる理由から探偵に乗り気ではなく、あくまで屋島に頼まれ、彼女の潔白を証明するために事件を推理したにすぎないのだ。この男、なんとも不器用で愛らしいではないか。この、青春小説のような味付けのおかげで、本格探偵小説でありながら軽い気持ちで読むことが出来る。
さて、解決編で指摘された犯人も毒を盛ったことを自白し、事件はわずか二日で解決した。もはや頭の中では『聖女たちのララバイ』のあの印象的なイントロが流れ出したところで、荘司の姉、名探偵である藤塚綾歌が唐突に登場し、ここで改めて正式に『読者への挑戦状』が提示される。正直、探偵が犯人を指摘して事件は幕引き、あとは関係者がその後どうするか、という感じで終わるものだと思っていたところにこれは驚いた。
事件が起こるように仕向けた真犯人の存在を、最後の最後に現れた名探偵が指摘する。
そんな青天の霹靂のような展開のあと、ようやく事件は終局へと向かう。
これほどに探偵小説を面白いと感じたのは、果たして何年ぶりのことだろうか……。
(審査員:野崎昭彦)
「シナリオ構築」部門 最終選考結果(56作品/93作品中)
空の果て、君の影を追いかけて揺蕩う光を掴まえる | 森嶋あまみ |
利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~ | 橋本洋一 |
そして彼女は | のんこ |
Magic Loarders | hoge1e3 |
少年の絵 | maoria |
麦穂の乙女と三人の竜 ― Dragon kingdom ― | 入鹿なつ |
星よきいてくれ | 陸一じゅん |
死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! ~死亡フラグを折るたびに溺愛されてます~ | あさぎかな |
水底の手紙 | 紫乃 |
今宵、あの藤の下にて君を待つ。 | 月音 |
幻想事件簿 ~警視庁 刑事部 捜査第五課~ | 柊木紫織 |
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